2014年09月21日

星夜と夢世界のかけはし 高橋製作所の10センチ反射赤道儀1型 

子どもの頃、
ある日の新聞広告を見て欲しくなったのが望遠鏡。
おそるおそる顔色を伺うと
買ってやろうの親父のひとこと。

こうして口径6センチのアクロマート対物レンズの屈折望遠鏡がやってきた。
来る日も来る日もベランダから星を眺めた。
街なかなので暗い天体は見えないのだけれど
月、惑星、二重星などを見ていた。

小学校の頃といえば
学校から戻ると妹の世話(散歩やら少し遊んでやったり)
そして、近所の広場で草野球、陣取り、ろくむし、缶蹴りなど
遊びに余念がなかった。

休み時間にはぼっと外を見ているおとなしい少年であったが
なぜか地図が好きで、小学校の頃には
日本地図や世界地図は描けるようになっていた。
タナナリブ、アリススプリングス、ベルホヤンスクなどは日常語だった。

大人になっても国土地理院の地形図を収集するようになり
地図を見てはまだ見ぬ地形や土地に思いをはせていた。
それが高じて川好きとなった。
小学校の頃からすでに
自転車に乗って川の調査に出かけていた。
といっても、川幅や水深、生き物などを観察するだけなのだけれど。

お、これが地図で見た太田川の上流か―。
こことつながっていたのか―。
意外に水はきれいじゃないか―。

ひとり悦に入っていた。
川を見て癒されるのはいまもまったく同じ。

さて、中学になると天文学や物理学の本を読むようになってきた。
こうなるとデパートに売っているような望遠鏡では物足りなくなってきた。
身体が大きくなって体力がついてきたこともある。

そこで調べてみたところ、高橋製作所が良さそうだと思った。
今度も父を説き伏せて
10センチ反射赤道儀1型を買ってもらった。
高度経済成長期は誰がビジネスをしても
それなりに飯が食えた。
いまの時代に親父が生きていたら
子どもに望遠鏡を買ってやるような甲斐性はなかったのではないか。
いまだにその呪縛に浸っているのが商店街なのだけれど。

高校になる頃には市街地の空で満足できなくなり
父の車に積んでもらって
人家のまったくない山中に望遠鏡とともに降ろしてもらい
翌朝迎えに来てもらうようになった。

深夜の山は得体の知れない音にあふれている。

ボキボキ!
フミャール(鳴き声のような)
ミシ ミシ (沈黙)ミシ ミシ ミシ…

けれど星を見るのに夢中だったので怖くなかった。
暗闇に目が慣れてくると
おぼろげながら山や樹木の輪郭が浮かび上がる。
星明かりで自分の影が足元に落ちていることに気付いた。

オリオン大星雲が舞い立ち、すばるがさざめく。
歌のような夜の静寂で星空は饒舌である。
南の銀河面をオルソ40o25倍の低倍率で流していくと
次々と星雲星団が飛び込んできて時間の経つのを忘れるほどである。

ぼくは創立まもない私立中学校に受験で合格した。
この学校には真新しい後藤光学の20センチ屈折望遠鏡があった。
これで見たオリオン大星雲のまぶしいまでの光の濃淡は一生忘れられない。
現在と違って、学校の周辺は萱原であり、暗く静かであったから。

当時の望遠鏡メーカーは百花繚乱ともいうべき賑やかさだった。

アマチュア向けに意欲的な機材を提供していたのは
板橋区の中小企業の高橋製作所であり、
TS式と名付けられた反射と屈折を
ペリオディックモーションが○○秒以下とうたう
堅牢で高精度な赤道儀に備え付けられたさまは
憧れとしかいいようがない。
当時は、ポータブル赤道儀や
3枚玉セミアポクロマートレンズなども販売しており、
高度経済成長の落とし子「光害」から逃れて
多くの人が暗い星空を求めて信州などに遠征していた。
タカハシではその後の眼視望遠鏡ミューロンや
フローライトやトリプレット型に発展し
世界中にファンを持つようになった。
http://www.takahashijapan.com/

ベストセラーのミザール10センチ反射赤道儀や
カタディオプトリック式の15センチ反射を販売していたのは
日野金属産業。
http://www.mizar.co.jp/

アマチュア向けにCPの高い機材を販売していたアストロ光学、ビクセンやカートン光学、
http://www7a.biglobe.ne.jp/~astro-opt/
http://www.vixen.co.jp/product/at/index.htm
http://www.carton-opt.co.jp/
自作向け部品を販売していたスリービーチ。
http://threebeach.com/

天文台と個人用の両方を販売していたのは西村製作所と後藤光学。
西村の反射経緯台はその美しさと実用性で群を抜いていた。
後藤光学はアマチュア向けにはマークエックスというシステム赤道儀を販売していた。
http://www.goto.co.jp/telescope/index.html
http://www.nishimura-opt.co.jp/

アスコのブランドで質実剛健なニュートン式反射を出していたのは旭精光研究所。
公共施設用が多かった三鷹光器。
なかでもアマチュア向けに提供したドイツ式赤道儀GN-170型は
その美しさ、仕上げの良さ、移動式と精度を両立させた設計から
天文ファンの垂涎の的であった。
http://www.mitakakohki.co.jp/telescope/lineup/gn-series.html

ニコンやペンタックスといったカメラーメーカーも
低分散レンズを使用した屈折望遠鏡を販売していた。
価格は高めであっても像は良いとの評判であった。

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  .。'*・☆、。・*:'★     .。・*:'☆
 ☆、。 ・*'★ .。 ・':....*.:'☆        .。・:'*・':'・★

星はいい。
銀河がたゆたい、惑星が瞬きもせず燦々と光を注ぎ
流星が遊ぶ星夜を散策する楽しさはなにものにも代えがたい。

久しぶりにタカハシの10センチ反射赤道儀1型を取り出してみた。
ぼくは物持ちが良いので、ライツミノルタやミノルタの一眼レフなど
よく使っているけれど極上の状態で保持できている。
この反射も一度も再メッキしたことがないため
反射率(=コントラスト)は落ちている。
どこかで再メッキするか、
同焦点の新しい鏡に置き換えるかを検討しているけれど
星空と内なる夢世界をつないでくれた望遠鏡だから。

でも、最新の2枚玉フローライトか3枚玉アポクロマートの
夜空に浮かび上がる鮮鋭度の高い視野も覗いてみたい気がある。

2014年10月8日、皆既日食がある。

いまも現役の反射望遠鏡
DSXE5525.jpg

6×30mmのファインダーと1脚の斜鏡保持
DSXE5526.jpg

赤道儀の塗装はびくともせず光沢すら放つ
DSXE5533.jpg

高橋製作所の銘板
DSXE5544.jpg

10センチF10の長焦点にオルソスコピックのアイピースで眼視は無敵。
球面収差はほとんどなく視野中心は鮮明、
コマ収差も感じられず視野周辺部まで平坦。
もちろん色収差も皆無。
フローライトに劣るのはコントラスト、鮮鋭度、像面の明るさなど。
ニュートン式でF6〜8程度の反射が各社のカタログから消えているけれど
ニッチ市場としてはマーケティング上おもしろいはず。
DSXE5548.jpg

斜鏡は短径25o。オルソ40mmも使える。DSXE5549.jpg

赤経・赤緯の微動はなめらか。指1本でも回せるぐらい軽い。
しかしガタは皆無。
おそらくギアまわりが長期間安定度の高いグリスで満たされているのだろう。
この赤道儀にいまのタカハシの10センチ屈折(FC-100DまたはTSA-102)
を載せてみたいが、鏡筒バンドが取り外せるタイプではない。
何か妙案はないものだろうか。
DSXE5555.jpg

久しぶりに無水アルコールとシルボン紙で鏡面を拭いてみた。
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斜鏡も。この後の光軸修正も半時間程度で終わった。
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接岸部のラック&ピニオンにグリスを注油
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今宵は何を見よう?
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この時代の日本製の製品は魂が込められている。
つくりが良くて、精度が高くて
実用に裏打ちされたデザインも秀逸で。
いまの時代は少子化とデフレ経済などで
若者からものづくりの楽しさを奪っているようで。
技術が継承されないと大変なことになる。
経済産業省は最先端分野ばかりでなく
どこにでもある町工場のような企業をも支援できればいい。

閑話休題。
鏡を清掃前に、中秋の名月(2014.9.8)を手持ちコリメート法で撮影
ぼくの高橋製作所10センチ反射赤道儀I型は
一世を風靡したなつかしの望遠鏡ではない。
いまも現役。これからも動き続ける機材なのだ。
DSCF3196-1-1.jpg



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